記録の地平線

徒然なるままに

東京ドーム

2017年11月8日

乃木坂46真夏の全国ツアーFinal in 東京ドーム

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2日目!

2日目!!

に、参戦して来ました。

11月8日はまず、上野駅でフウマさんとくろぴょんさんと合流。

その後缶バッジを作りに行く為に移動して、そこで、三助さん、種田さん、しとさん、ナオちゃん、よしきくんと合流。

 

バッジ作って、昼食。

その後に種田さんと別れて、歩いて東京ドームへ。

とりすたんさんや、やおちゃんずとも合流し、入場前に、来られている何人かと会う事に。

ゆきだるまさん、セマるさんが来てくださり、初対面のご挨拶を交わしました。

 

そして、入場。 

今回はいつもお世話になっている、とりすたんさんと連番。

席はアリーナ席で、結果的にメンバーが乗るフロートのルートがすぐそこだった。

全力でコールをし、全力でサイリウムを振り、全力で泣いた。

 

今年最後の、グループ全体でのライブ。

そして、伊藤万理華さん、中元日芽香さん、の両名にとっては、これがラストライブ。

 

直接会った人たちや、キャスで話した時に聞いてくれていた人たちには話したかもだけど、お2人ともとても素晴らしい表情で最後までステージに立ち続けていました。

最後の「きっかけ」披露時にメンバーみんなが流した涙や、中3トリオ、2人を囲んで集まって抱き合ったりしているあの光景は、この先ずっと記憶に残るものとなりました。

 

乃木坂46を好きになってからずっと推しはいるけど、それとは別に乃木坂46が好き。

だから、必然的にどのメンバーも好き。

 

今まで卒業していったメンバーとの別れも辛いし、これから卒業していくメンバーとの別れも、やはり辛い。

自分の推しだけ考えていられたらいいんだけど、推しと仲のいいメンバーはいて…

そのメンバー達との関係性も含めて、周りのメンバーも好きになっていく。

そうして、気付いたらグループ全体を大好きになってた。

だから、誰がどこで活躍しても嬉しいし、誰が卒業しても悲しいし…

 

アイドルっていうのは、どう頑張っても時間に限りがあるものだから。

乃木坂46がゴールではないんだよね。

乃木坂46で積み上げたものを持って、次の場所に行くために。

その先を見据えて、見据え続けて、生きて行くために。

 

会いたい人がいるなら、自分が動かなきゃダメなんだよ。

いつ会えるかなーなんて、待ちの姿勢でいたら、ずっと先まで会えないかもしれない。

勿論色んな事情があるし、タイミングが合わないのはどうしようもないけど、それら全ての事情が通って、行けるんなら、行った方がいい。

 

これは、アイドルだけではなく、友人知人も含めて。

 

やりたい事、行きたい場所、会いたい人、会いたい人と行きたい場所、食べたいもの、見たいもの…

それら全ての欲望や渇望を埋め尽くすのは難しい。

それが出来ないなら、出来るようにしていこう。

と、そう思えるようになったのは、乃木坂ちゃんを通して出逢うことの出来た全ての人たちのおかげなのです。

いつも本当にありがとう。

これからもどうか、よろしくお願いします。

 

 

 

映画 あさひなぐ

「いってきまーす!」

そんな元気のいい一言から始まった澄んだ朝のシーン

主人公でありヒロインである、東島旭の登場だ

朝の空気を深呼吸して取り込もうとするが、次の瞬間に悲劇が襲う

 

思えばこれが、彼女のこれからの苦難の道の、序章であったのかもしれない

 

ひょんなことから最強薙刀少女のミヤジ・マハールと出会った旭は、部活紹介のオリエンテーションで捕捉され、やんややんやしているうちに、同じく一年の、八十村将子、紺野さくらと共に、二ツ坂高校薙刀部に入部してしまう

 

いくつもの艱難辛苦を乗り越え、彼女たちはアメリカン・ドリームを掴む事が出来るのだろうか

 

 

 

西野旭

臆病だけど真っ直ぐで、内に秘めた熱情と度胸、ひた向きさ、そして強さ

最初は見えないそれらが見えてくるにしたがい、旭なら何かしてくれるのではないか、という期待が高まっていく

淡い恋模様の一端も垣間見えるが、まだまだ自分の事だけで精一杯

これから、格上のライバルとの幾度もの仕合が待ち受けているが、旭なら、きっと乗り越えていける

そういった希望を見せつけてくれた

 

 

白石真春

最強クールビューティー(バカ)

薙刀の事しか考えていない稀代の天才薙刀少女(バカ)

背負うもの、気負うもの、それらを自ら着込んで鎧と化した真春の傲慢な自尊心は、同じく自分の薙刀の事しか考えてない天才に粉々に砕かれてしまう

だが、その砕け散った自尊心や自信を掬い上げてくれたのは、自分が助けた、最弱の一年生だった

二ツ坂高校最強の名を、気負うでもなく、着込むでもなく、自然体で纏う真春

その美しさがクライマックスでの息を飲む仕合シーンに表されている

 

 

生田寧々

熊本からの刺客

自分の薙刀の事しか考えられない天才少女

頑なで棘だらけで、周囲の人達だけでなく、自分の事まで傷付け続けている不器用の塊

自分こそが強者だと信じ、それを体現するべく突き進む猪突猛進さと豪胆さは、まさに寧々だった

その尊大な自信を裏付ける実力を兼ね備え、真春を破る彼女は、これから先、旭との長いライバル関係が始まる事になるとは、まだ知らない

 

 

 

総評

良い意味で、完全にスポ根映画だった

仕合シーンはほぼ本人たちで演じているらしいし、各役どころを演じる彼女らは、原作のキャラクターを踏襲しつつ、オリジナルさもあるものに仕上げてきていて、乃木坂46のメンバーという事を段々と意識しなくなっていった

 

舞台版とはまた一味違うし、推しが出ていようが出ていまいが乃木坂46ファンは見て損は無いし、そして何より乃木坂46を知らない人にもお勧めできる、とても良い作品だと思う

 

 

書きたいことは沢山あるが、観た人それぞれが色々な感じ方をするものなので、観た人同士で語り合うのが、オタクの健全な姿だと、私は思う

 

 

 

 

そこに存在するということ

[卒業という事を主体に書いています。読みたくない人はページを閉じてください。]

 

 

ただそこにその人がいるだけで、それがどれだけ幸せなのか。

それをちゃんと理解しないといけない。

 

ドルオタには別れを待つ身という側面がある。

どれだけこの時間が続けばいいと願っても、それは儚く消えてしまうものだから。

 

 

「卒業」

 

 

この言葉が持つ希望と絶望を味わっていない人は、いつか来るそれをちゃんと見据えておかねばならない。

メンバーの終着点はアイドルになるという事だけではないから。

アイドルになりたくてなった人も、色々な仕事に触れる事によって、新たに志すものが生まれるだろう。

ある者は学業に専念し、ある者は女優や声優になりたいと願う。

新しいフィールドを望む者が、それまでの立場ではそれを望めないと理解した時、その場からの飛翔を渇望する。

それに必要なプロセスが、そのグループからの卒業なのである。

 

そんな事は理解している?

あぁ、ならばあなたはそうなのだろう。

しかし、俺はそうではなかったのだ。

松井玲奈さんに惹かれ、橋本奈々未さんに惹かれ、今もまた桜井玲香さんに惹かれている。

 

そして前者二名はグループを卒業している。

 

松井玲奈さんは女優を志した。

不器用で真っ直ぐでマイナス思考だった彼女が、SKEやAKBという立場で得た自信や夢や目標を叶えるために選んだ新しいフィールドが、女優というものだった。

今では、バラエティー番組の中のコーナーである鉄道ビッグ4の準レギュラー、西川貴教アニキとのレギュラー、ラジオのレギュラー、主演舞台や主演映画も既に数多く、その演技力はいつも高評価を獲得している。

 

橋本奈々未さんは裏方を志した。

乃木坂46に加入した当初から、自身は裏方向きだと公言しており、彼女に関わった監督の一人も同じように彼女の事を評している。

月9ドラマに出演し、秋元真夏生田絵梨花と共演してではあるが主演映画もある。

24時間女優、恋する文学、SOL、CanCamなどなど、彼女のその計り知れぬ才能や魅力に惹かれた人たちにより、新たなフィールドは拡がり続けていた。

そして彼女は、そのフィールドを全て捨ててでも、進みたい道を見出した。

更にその道は、彼女が最初から最後まで公言していた 裏方 というものだった。

様々な憶測が飛び交ってはいるが、まだそれがどのようなものかは判明しておらず、大きく耳目を集める事にはなっていない。

そして俺は、それを知る事を望んでいない。

 

幸せを願う、なんて、ある種烏滸がましい気持ちは確かにある。

だが、それはもう人知れず果たされるべきものであるし、あの人はわざわざそれを公表する様な人では無い気がする。

(勿論、本人の内面なんて到底知り得ぬ俺が言える事では無いが)

 

 

ここまで1000字以上書き連ねてきたこの記事を、一体何人の人が読むのかは知らない。

或いは誰も読まぬのかも知れない。

でもそれでいい。

この記事、ひいてはこのブログ自体、俺がその時一番言いたい事を言いたいだけ言う為に存在する場所なのだから。

 

 

そして、ここからもずっと言いたい事だけを言う。

 

 

今、とある特定の誰かを応援して、ファンでいる貴方は、いずれ来るその時を、頭の片隅に、心の奥底に、ずっと抱えていなければならない。

勿論、俺もだ。

そしてその時が来た時に、後悔の涙を流さない様に、今、その人がそこに存在するということを、全力で確かめながら、日々を過ごさねばならない。

 

俺は後悔の涙しか出なかった。

今でもそれが鈍い痛みとして残っている。

2016年10月から2017年2月まで。

その期間、俺は何もしなかった。

会いに行く事も、ブログにコメントをする事も、その他本人に伝わる可能性があるアクションの何もかもをやらなかった。

いや、やれなかった。

何をすればいいか分からなかった。

分からないという事を言い訳にして調べる事すらしなかった。

それなのに卒コンには行きたいなどと考えてしまい、申し込んだものの落選。

バースデーライブ三日目は運良く当選し、乃木坂46のライブというものを大いに楽しんだ。

 

だがそこに彼女の姿は無かった。

既に影も形も。

何も無かったんだよ。

 

卒コン後のSOL、事前収録ではあったが、[アイドル橋本奈々未]の最後の言葉が、涙交じりに語られていた。

それを聞いた人は多いかもしれない。

彼女はそこでこう語っている。

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足りない。

この言葉が重い。

どれだけ握手会で言葉を紡ごうとも、想いを告げる為には時間が足りず。

どれだけライブで声を涸らそうとも、周りの幾百幾千といる人たちの歓声に呑み込まれてしまう。

 

橋本奈々未初センターの表題曲が、卒業の為の曲になってしまった事は、俺個人的にはとても残念であるし、まだまだずっと彼女がいる乃木坂46を見ていたかった。

でもそれはもう叶わない。

 

そして俺はここまで書いてきた後悔の念と涙を、事あるごとに噴出させながら日々を過ごしてきた。

だが、卒業から半年以上経って、今日、ここに、こうして記せる様になったのは、自分の中で、橋本奈々未という存在が、収まるべきところに収まったからなのではないかと思う。

その場所がどういう名前なのかは知らない。

 

想い出?宝箱?あるいはパンドラの箱

 

でも確かに、俺の中のそこに存在している。

それはもう、喜ばしい事なのだ。

消し去る事も出来ず、忘れ去る事も出来ず、もがいて、足掻いて、苦しみ抜いた末に、静かにあるべき場所に落ち着いた。

 

 

 

だからもう大丈夫。

後悔の念を宿した棘は未だに抜けずに刺さっているけど、それを触ってももう痛くない。

 

 相変わらず「サヨナラの意味」と「ないものねだり」を聴くのはツラいけど。

でも前ほどはあのピアノのイントロにやられなくなったよ。

 

 

選択できる手段

[日頃から関わらせて貰っている人たちに俺は何を返せるのだろう?]

そう考えた時に、何もない自分に気が付いた

絵も描けず、音楽も作れず、歌も歌えない

 

ならばどういう手段を取れる?

自分が持っているものは何だ?

 

「言葉」

これしかないと思った

 

何の才能もない木偶の坊でも、iPhoneのタッチパネルをなぞる事なら出来る

思った事を口に出す事なら出来る

ならば俺は、感謝の気持ちを惜しげもなく、愛する人たちに伝えよう

 

本当の自分をさらけ出すのは難しい

まず、本当の自分を見つける事が難しいからだ

そしてそれをさらけ出して、受け止めてくれる存在が圧倒的に少ないからだ

 

家族や恋人に言えない部分、友人にしか言えない部分、その誰にも言えずに抱え込んで重石になっていく部分

それら全てが自分であると気付けたら、世界が違って見えないか

無理する必要なんてなく、ただ自分と向き合うだけ

 

我儘が許される間柄の存在を、2人でいい、心の中に確保しよう

それだけでいい

困った時にその2人がいてくれる、そう思うだけで、日々の重圧を纏わずに済む空間が出来る

重圧を置いていく空間が出来る

 

その人たちの前では、

カッコ良くなくていい

泥臭くていい

恥ずかしくていい

 

自分の我儘を許してくれる人がいるなら、今度はその人の我儘を笑って聞こう

そこには自然な空気が流れるだろう

無理しなくてもいい空間があるだろう

話したい時に話し、会いたい時に会おう

 

そしてもし、そんな存在として俺が選ばれたとしたら、俺は言葉を尽くして感謝の気持ちを伝えよう

 

 

俺と出会ってくれてありがとう

俺と友達になってくれてありがとう

俺もあなたと出会えて良かった

 

 

人間の人生は短いんだ

その中でやりたい事、出来る事、会いたい人、見たいもの、行きたい場所…

自らが生きられる場所を見つけなきゃならない

それら全てが揃う場所はおそらく無いだろう

それなら、個々に見つけ出すしかない

生きるとはそういう事だと俺は思う

 

自らを殺さずに済む居場所を見つける

 

やりたくない事をやりながら、やりたい事を夢想して行こう

やりたい事が出来るなら、それを全力で楽しもう

 

自暴自棄とは違う

後悔をしないように、というのも違う

ただ、自分が楽しめるように何かをやろう

度がすぎたものでなければ、多少の迷惑はかけていいさ

自分と合わない人は自然と離れていく

それは悲しいけれど仕方ない事

でも、繋ぎ止めたいと思う人の手は離してはいけない

繋ぎ止める為にはお互いを理解して尊重していく事が必要

それがとても難しいんだけどね

 

 

 

 

醜い自分の話

自分が嫌い

小心者で自己中で我儘でガキな自分が嫌い

 

成長ってどうしたら出来るんだろう

人間的に大きくなりたい

でも何も変わらないままここまで来てしまった

自分がひどく惨めで浅ましくて小さい人間なんだと、周りの人を見ていて思う

 

何で自分が慕うあの人たちは、あんなにも優しくて気高いのだろう

何で慕っている自分は、こんなに醜いのだろう

 

分かってる

俺の事をいちいち考えてる人なんていないんだってことくらい

俺は凡人

誰かの特別にはなれない

 

特別に思う人たちはいっぱいいるけど、その人たちにはもっと多くの特別な人たちがいて、そしてそこに俺は入ってない

 

悲しい

悔しい

でもそれが全て

 

子供の頃からそうだった

何もかもが中途半端

怖くて一歩を踏み出せない

友達も少ないし、それを言い訳にして人見知りだからなんて理由で逃げる

 

こんな俺と本音で語れる人は、語り合える人は、どれだけいるのだろう?

 

消えてしまえればどんなに楽か

楽しい時間が出来れば出来るほど、それをよすがにしてしまう

その場の中心が俺になることは絶対に無いのに

それでも、自分が楽しむ為だけに他の人を巻き込んでしまう

迷惑かも、っていつも思う

でも同時に、迷惑なら言ってくれる、なんて甘えた考えが、頭の中にこだましている

 

本当に迷惑で、俺の事が嫌だって思った人は、何も言わずにいなくなる

 

7〜8年もの間、友達付き合いをしていた人も、ある日突然、音信不通になる

そういうもんだ

 

俺のことを特別に思う人はいない

これまでも、これからも

 

愛される人が羨ましい

 

愛することは出来ても

愛されることは出来ない

 

眠る時に音楽を流すようになったのはどれくらい前だろう

音楽が無いと、色々な後悔や責め苦が自分の頭の中を這いずり回って、眠るなんてことが出来ない

それもいつからなんだろう

楽しい事があった日は、その余韻に浸っていられる

次の日起きた時は、その楽しい事が、夢だったんじゃないかと、そう思う

 

 

俺がいなくても世界は等しく回っていて

俺がいなくても、俺が大切に思う人たちの日常は変わらない

いない方がいい、というよりは、いてもいなくても同じ

 

どうでもいい存在

そんな存在に、成り果ててしまった

あさひなぐ

2017/05/27

六本木EX THEATER

18時開演の部で、しゃちさんに連番していただいて観劇

 

乃木坂ちゃん出演の舞台は、嫌われ松子の一生と合わせて2度目の観劇

 

正直、元々涙もろいのもあって、何回か涙目になった

こういう青春モノに弱いんだよ

 

休憩前のあのシーンや、再開後のあのシーン、最後の試合のシーン、などなど、涙腺緩みっぱなし

 

最初は、あー飛鳥ちゃん可愛いなぁーって事しか思ってなかったけど、どんどん熱が入っていって、原作通りの熱い展開や適度なユーモア、挫折からの立ち直りなど、見所は随所に散りばめられていて、とにかく最高だった

 

 

飛鳥ちゃん(東島 旭)

あの華奢な身体のどこにこんなパワーが!?って思うくらい、旭としてのキャラクターを全身全霊で演じていて、舞台版では飛鳥ちゃん以外の旭はもうあり得ない

赤いワンピースのような衣装でのシーンはとにかく可憐で美しくて、かと思えば道着を着た試合のシーンは凛々しく、主人公然としていて、段々と頼もしくなっていくのが嬉しく感じた

 

 

若月(宮路 真春)

部内最強の真春を演じるのは若月佑美以外にいないだろう

舞台化&キャスト発表があってから原作を読みだしたクチだが、どれだけ読んでも若月以外の真春は思い付かなくて、だからこそ映画版での白石麻衣の起用には驚きつつも、納得はできた

若月は全力で役に取り組む姿、そして真春としての凜とした強さと、真春だからこその弱さを完璧に体現していた

 

 

生駒ちゃん(野上 えり)

2年生の部長であり、まとめ役

生駒ちゃんの溌剌とした元気さが存分に発揮されていて、舞台を所狭しと駆け回る姿がとても愛らしく、そして舞台経験値の高さを実感

キャラクター的には苦しい場面もあるが、そこも含めて、彼女を見ているのが楽しかった

 

 

小百合さん(八十村 将子)

もうツイッターでもかなり評判が上がっているが、やはり意外性を1番見せたのは彼女であろう

普段の可愛いらしい姿からでは想像が出来ないヤンキーのような口調、ぶっきらぼうな態度

だが、どんな事にもいつでも真摯な小百合さんは、やはり将子ちゃんにしか見えなかった

でもちょっと残念だったのは、将子ちゃんというキャラクターの内面が時間的に表現できなかった事

どうして剣道をやめたのかとかは原作を読んで補填した方がいい

 

 

まいちゅん(紺野 さくら)

たまに素のまいちゅんのノリが出てるのが分かって、それが楽しい

キャラクターとしては、頑固で自己中心的なセリフや態度、旭を下に見ているからこその偉そうな態度などはいっそ清々しい程に嫌味ったらしくて、ANNでも見せるまいちゅんの人間性の深さが顕著に出ていてさすがだなと思った

 

 

美彩センパイ(寒河江 純)

道着によって美しさ三割増しの和装美人

頑迷な寧々を優しく諭す大人なお姉さんを、無理なく自然体で演じていて、衛藤美彩本人の精神的な成熟度の高さが滲み出ていたように思う

 

 

きいちゃん(的林 つぐみ)

大きく張られた声がとてもよく響く

つぐみは寧々に蟠りを持っていて当たりがキツイのだけど、その辺の気の強さがとても良く表現されていて、北野日奈子の舞台向きな一面が大きく顔を覗かせていた 

良く通る声、ダイナミックな表現方法を併せた存在感の大きさが持ち味か

 

 

堀ちゃん(一堂 寧々)

頑固で頑迷で自己中心的で排他的な完全主義者だが、それを補って余りある絶対的エース

旭にとっての格上のライバルで、熊本から転校してきた強者

転校してきた経緯などを含めたバックボーンが色々あってからの、あの攻撃的な態度な訳なので、寧々に関しても原作で補填していただきたい

堀ちゃんはその攻撃的な部分を見事に演じていて、キツイ所も含め、旭と真春にとっての超えなければいけない壁として立ちはだかる

 

 

 

 

乃木坂ちゃん達はさすがの立ち回りだったし、なぎなたを携えてのダンスのような動き、舞台という狭い空間を目一杯使っての空間表現などは大きな見所だろう

個人的には舞台装置もなかなかよく、キャストや黒子の手を使わずに色々な物が出たり引っ込んだりしていくのは見ていて楽しめた部分でもある

 

キャストがとても素晴らしい

正直、乃木坂メンバー以外では真琴つばささんくらいしか知らなかったのだが、皆さんそれぞれが舞台慣れしているようで、この舞台の全体のバランスをキッチリと保ってくれていた

 

原作はまだ続いているし、舞台的にもまだ先がある

じょしらくが2度演ったように、出来ればこのままのキャストでの次回作があったらとても嬉しい

 

 

 

人は見た目が100%ではない

そんなタイトルのドラマが放送中の昨今

ドラマ自体は見てないが、予告を見る限りでは見た目が完璧な男性に、見た目が完璧ではない女性が恋をして、自分を変えつつ恋を成就させよう、みたいな感じだったと思う

 

でもさ、今あなたが好きな人の事を思い出してみて、好きなところは見た目だけ?

おそらく多くの人が見た目だけでは無いと答えると思うんだ

 

その人の事を好きになって、その人の事を考えていると、外面だけじゃなくて内面の事を知りたくなってくる

そうした時、外面だけじゃ分からない部分を好きになってはいないか?

 

声、話し方、考え方、行動などで更に好きになっていくのではないか?

少なくとも俺はそうだ

 

ここで好感度モンスターとして、我らがお兄ちゃんのバナナマン日村さんを例に出してみよう

ご本人も言う通り、見た目は決してかっこよくはない

世間一般で言うところのイケメンだとは言えないだろう

だけどテレビ番組出演数ランキングが表すとおり、日村さんの人気はとても高い

それは何故か?

ご本人のキャラクター性、話し方、話すエピソードなど、それらが世間一般に認知されていき、その結果として大人気芸能人の1人としての地位を確立している

 

つまりだ、人を好きになるきっかけが見た目だったとしても、そこからは深い境地には達することは出来ないのだと考える

 

 

俺は今現在、乃木坂46が好きだが、見た目が理由で好きになったメンバーがいたとしても、番組やブログなどでその人となりを知って更に好きになっていったという事の方が多い

 

バナナマン設楽さんがかつてこう言っていた

アイドルっていう存在は、カワイイのがベストだよ?

でもそうじゃない人たちがいっぱい出て来て、その誰にでもファンは付く。

その深さっていうのは、いっぱいファンがいる誰かよりも、数人しかいないその人のファンの方が幸せなのかもしれない。

 

ファンが多いのは人気の高さを表す為の指標だけど、それはやはり一部でしかない

握手会人気が一位だからといって、その人が乃木坂のトップか?と問われれば、それは違うと言えるだろう

そのメンバーが出来ることだけでは、グループは成立しない

成立するのなら、その人はグループを出て一人でやっていくべきだろう

でも、そうじゃない

色んなメンバーがいて、違う方面へのアプローチが出来るからこそ、グループとしてもメンバーひとりひとりとしても、成長のチャンスが得られる

 

メンバーの個性を無くしていったら、グループとしての人気も長くは続かなかったのではないだろうか

 

 

人と人は根本的に、完全に分かり合う事は出来ない

それは当然のことだ

育ってきた環境が違うから、好き嫌いは否めない(セロリ)

 

好きになる理由より嫌いになる理由の方が探すのは簡単だし、人は誰しも欠点を持っている

 

嫌いになる理由が好きになる理由を上回った時、人は人を嫌いになるのかもしれない

そして逆に、好きになる理由が嫌いになる理由を上回った時、人は人を好きになるのだろう

 

 

ドラマ「人は見た目が100パーセント」が放映されている時期に、映画「美女と野獣」が公開されているのはちょっと皮肉が利いているとは思わないかね

 

美女と野獣の教訓は「人を見かけで判断するな」というものなのだから