記録の地平線

徒然なるままに

#ななのこと

2019年2月23日〜2月24日の二日間、大阪にて開催されたイラスト企画展「ななのこと」

 

スタッフ体感で述べ千人以上が来場した(のではないかと言える)二日間。

時間的都合で会場に入れなかった人たちも含めたら、どこまで数が伸びるか知れない。

 

だけど、大切なのは数ではないのだ、と思う。

 

来てくれた人達が、その胸の内にある「乃木坂46 西野七瀬」への想いを再確認し、そしてこれからも応援していく為に、好きである為に、改めて強く想い続ける力とする為に、あの場は存在したのではないか。

 

推しでなくても構わないのだ。

現に私も推しは西野さんではない。

だが、そんなことは関係ないと思わないか?

彼女のことを「好き」だという気持ちが少しでもあれば、あの場に展示されていた作品を見て、嬉しい気持ちや懐かしい気持ちなどを感じて、胸の内に暖かいものが広がったはずだ。

それは、あの場が「西野七瀬への感謝」から生み出された作品で埋め尽くされていたから。

 

私たちが好きな乃木坂46というグループの一員であるということは、私たちがそれぞれ好きなメンバーと関わりがあるということ。

つまり、私たちそれぞれの推しの笑顔が生まれる理由に、西野七瀬という存在があったはずだということ。

それだけで、西野七瀬への感謝という気持ちが生まれないか?

少なくとも、私には生まれる。

今回公募企画に参加してくださったイラストレーターさん達もそのはずで、彼女の姿や活動を通して彼女のことを好きだと想うからこそ、参加を表明してくださり、そしてあの素晴らしい作品の数々を生み出す原動力としてくださった。

その【はず】は、イラストレーターさん達のみではないが、ね。

 

 

あの展示会を開くまでには様々なことがあった。

私の場合は、主催のどいや公爵から直接お誘いの言葉を頂き、一も二もなく引き受けた。

それまで公爵とはツイッター上で仲良くさせていただいており、会ったことはなくとも信頼出来る仲間として認識していて、彼が西野七瀬推しであることも十分知っていた。

だから、卒業コンサートが近付いてきたある日に彼から連絡が来た時、断るもしくは考える、なんて選択肢は無かった。

 

このことについては誰からの感謝もいらない。

私が公爵の力になりたいと思った。

ただそれだけなのだから。

 

 

そしてこの企画の始動に際し、まずは公爵がツイッターでななのこと公式アカウントを作った。

私はそのアカウントのツイート内容を考える任を賜り、宣伝文句や注意文の文言、当日のツイート、そして各コーナーのキャプションを考えるなどを担当した。

 

主催のどいや公爵、メインビジュアルなどを作ったハシモトナオ、そしてのちに編集という立場になる私。

この三人でほぼ毎日、朝早くから夜遅くまで、自分たちの時間を割いて話し合いを重ねていった。

同時に運営本部なるものも作り、セまるさん、くろぴょん、高杉忍さん、ケイさんを含めた七人でタイトルから各コーナーの内容などを話し合った。

時には意見がぶつかったが、それは軋轢を生み出すものではなく、より良いものを生み出す結果となったのは紛れもない幸運だろう。

 

さて、これを読んでくれている奇特なる方々。

あなた方はハシモトナオのブログはお読みいただけただろうか?(https://hashinaofficial.hatenablog.com/entry/2019/02/26/221400)

 

この中に書いてある【覚悟】に似たようなものを、実は私も覚悟していたのだ。

仕事でも学校でもない、趣味で繋がった友人関係。

この繋がりが、もしかしたらこの企画を進行していくにつれ、些細なことで断ち切られてしまうかもしれない。

ツイッター上で仲良くしているとしても、LINEで繋がっていたとしても、それらはブロックすれば終わりを告げる。

だから私は、企画に参加した人たちとの繋がりが切れてしまうかもしれない、という、今思えば大袈裟な覚悟をしていた。

結果として、そうはならなかった。

それは間違いなく参加した人たちの人柄であるし、何より公爵が優しく、広い器を持った人物であったからに他ならない。

 

 

公爵、私をこの企画に誘ってくれて、本当にありがとう。

至らない点も多数あったとは思うけど、見捨てずにいてくれた。

あなたのおかげで私は、私の内に新たな自信を得た。

 

 

 

ここからは、私の後悔の念を吐き出す場とさせていただく。

知らねーよと思う方は下へスクロールするといい。

さて、前述の通り、入場出来ない人を多数生み出してしまったことを鑑みると、私は決して手放しで大成功だったとは言えないのである。

会場の近さを実感し、初日の大盛況を目の当たりにし、せめてもと初日と二日目の場内のレイアウトを変更した。

それでもやはり多数の入場者に太刀打ち出来ずに、数十分もの待ち時間、その結果入り切れない人達が出てしまい、コンサートの入場時間を鑑みて入場を諦めた人も大勢いた。

それは、こちらが締め出したというだけではなく、それほどの価値をこちらに見出して貰えなかったということでもある。

 

正直言うと、私は悔しくて悔しくて仕方がない。

あれだけの素晴らしい作品が集まって、西野七瀬推しの人や、そうではない人まで、余すところなく『ありがとう』を示すことが出来る場であったはずなのに。

もっともっと、もっともっと大勢の人にその場を届けることが出来たはずなのに。

 

それを私は、初日が終わってからずっと考えていた。

自分の考えの甘さを痛感した。

もっともっと煮詰めなければならない部分は存在していて、そして私はその部分から目を背けてしまったのだと思う。

絶対にもっと上手くやる方法があった。

私たちならそれが出来たはずなんだ。

私たちはそれが出来なければいけなかったんだ。

 

 

だが、私の後悔など関係なく、ななのことは初日と二日目を終えた。

終わってみたら、列に横入りする人も、早く入れろと騒ぐ人も、列に並びながらケンカをする様な人も出て来ずに、つまるところ大きな問題は全く無く終えることが出来た。

それは、やはり大成功と言える一面なのだとも思う。

 

ここまでで、私の後悔の話は終わりにする。

 

 

あの場には確実に笑顔が生まれていたし、イラストレーターさん同士の新しい出会いや、感謝の気持ちを共有するという我々の当初からの目標も達成出来ていた。

公爵が思い描いた理想の一端が、確実にそこにあった。

私は、その部分をとても喜ばしく思っている。

私の力がその一助になったのだと。

 

 

ここからはちょっとした裏話。

この企画が始動した時から、七つのコーナーを作るという構想があり、実は企画展タイトルも最初は「ななつのこと」だった。

色々なものがブラッシュアップされていく中で、今回はイラスト統括という役職を全うしてくれたくろぴょんが「ななつのこと」→「ななのこと」という提案をしてくれ、それは満場一致で採択された。

f:id:momoyama35:20190228112541j:image

 

公式アカウントでは説明をしなかったが、タイトルや各コーナー名を「ななが言っている」と考えると、また違った視点を得られないだろうか?

f:id:momoyama35:20190228111336j:image

 

ごく一部の人から文才があると言われていた私は、それを真に信じている訳ではない。

何故なら私は決してプロではなくただの素人であり、確固としたスキルを身につけている訳ではないからだ。

そんな私の、鍍金で塗り固められた文才が、果たして本当に良いものを生み出せるのだろうか、そんな不安があった。

でも、そんなものはあっという間にどこかへと吹き飛んだ。

一緒に話し合ったどいや公爵とハシモトナオという二人がいたからだ。

彼らは私の瑣末な才能を評価してくれており、尚且つ全幅の信頼を寄せてくれていた。

私はその期待に応えられるよう、全力を尽くした。

あのキャプションを練り上げることが出来たのは、二人がいたからだ。

本当にありがとう。

 

 

色々書いてきていて、これ以上何を書くべきか迷っている。

企画運営に際しての大小様々なトラブルや、その他説明出来る範囲の全てのことを時系列に沿って説明する、なんて考えたがそれはやめた。

何故ならそれは知られなくていい部分であるし、知らせたくない部分でもあるから。

 

 

 

ということで最後に、二日目の閉場時間に起きた小さな出会いをお話する。

 

二日目は閉場を17時としていた。

卒コンの開演は16時だ。

やはり16時からの1時間は訪れる人も少なく、列の整理などはいらずに自由に見てもらえる時間となっていた。

そして最終受付時間を16時50分とした。

レストランのラストオーダーの時間と言うと分かりやすいかな。

 

そしてその時間、私は会場の一階部分である入口で、いらっしゃる人たちを出迎える係についていた。

最終受付時間を過ぎ、17時で終了なんです、と説明する役。

そしてあと数分で17時になるかという頃、一台の車が会場前に止まった。

降りてきたのは男性で、車内にはお子さんが一人と、奥様とみられる女性。

という事はこの方はお父様だ。

そして、ななのことの会場がここで合っているかの確認をされた。

肯定しつつ話を聞くと、娘さんがここを探して走り回っているのだという。

なんでも、会場の場所を誰かに聞いたら京セラドームの南口方面だと言われたらしい。

だが、会場は京セラドームの北口側だ。

f:id:momoyama35:20190228125626j:image

迷ってしまうのは当然だった。

 

ななのことについてはご両親が知り、娘さんに伝え、ここに来ることにした。

そして一番来なくてはならないはずの本人が迷っている。

その頃には17時を過ぎてしまっており、お父様は時間を過ぎてしまったからもう諦めさせますと話した。

 

そしてその数分後。

娘さんがななのこと会場に着いた。

走り続け、息を切らせながら。

時間的には17時を5分ほど過ぎていた。

お父様が、残念だけど閉場してしまった、という旨を説明している。

「時間が過ぎてまで待って頂いてありがとうございます」

と話しながら車に乗ろうとするお父様に、私は

「もしよければ見ていかれませんか?」

と声を掛けていた。

時間はなんとかする、と。

私はこの娘さんの様な人にこそ「ななのこと」を見てもらわねばならないと思ったから。

その前に聞いていた話によれば、京セラドームに着いたのは16時頃だった。

つまり、誰かから間違った情報を聞かなければ開場している時間に間に合ったはずなのだ。

ならばこれは間に合ったと考えてもいいのではないか、と。

ちょうど下に降りて来ていたハシモトナオも賛同してくれ、会場内でスタッフとして手伝ってくれていたリモさんとゆきちさんも快く了承してくれた。

娘さんとお母様を中にご案内し、私は入口に戻った。

更に話を聞いた。

娘さんは西野七瀬単推しで、お父様曰く「西野七瀬さんしか見ていない」

ご案内して良かったと思った。

 

暫くして二人が降りて来た。

娘さんは会場内でも、そして降りて来てからも我々スタッフにペコペコとお辞儀を繰り返し、

「ありがとうございます。見られてよかったです!」

と何度も何度も言ってくれた。

 

この瞬間、報われた、と思った。

一ヶ月以上の準備期間、そして濃くて長いこの二日間はこの言葉を聞きたいがためにあったのではないかと。

 

車に乗り、走り出してもなお、娘さんはこちらに向かって頭を下げていた。

こうして、ななのことは終わりを告げた。

 

 

 

長くなってしまった。

ここらで締めるとしよう。

関わってくれた皆様へのご挨拶は主催の公爵が既にしているからここではしない。

 

卒業記念企画として始動した本企画は、卒業コンサートの公演日に終わりを迎えた。

 

二日間でお越し頂いた方々。

あなたの記憶に、あの展示の光景はまだ残っているだろうか?

あの場に入ることが出来て良かったと思ってくれているだろうか?

 

もしそのどちらも肯定してくれるのなら、私はそれだけで満足だ。

 

それではこのへんで。

これからも自分の推しに恥ずかしくない「推しごと」を。

 

さよなら。

ありがとう。

好きになるという事

2018/10/01

俺の推しの若月佑美さんが卒業を発表しました。

乃木坂46のオタクとなって、推しと定めた人の中から、2人目の卒業生が出てしまいます。

 

1人目は橋本奈々未さんでした。

その卒業発表のANNは、シングルでセンターが決まった後で、「これは卒業フラグだろ」って色んな人が面白おかしく騒ぎ立てていた時で、正直そいつらの言う事なんて信じたくなかったんだけど、現実はその通りになってしまって…

ラジオで本人から卒業、引退を聞いて、言葉が出て来ず、ただただ涙だけが流れてきた。

聴き終わった後も放心状態で、その後は悲しみに暮れるだけで、何もしなかった。

モバメ取ったりとかすればよかったのにね。

 

そして、オタ卒も視野に入れながら行った初めての個握で桜井玲香さんと握手して、玲香さんは暫定的に推しとして定めていたんだけど、玲香さんといえば若月佑美さんじゃないですか。

乃木どこや乃木中でも、二人でのエピソードが多かった。

だから、自然だけど必然的に、若月佑美さんにも惹かれていって…

まぁ詳細はまたちょっと違った形なんだけど、そう言う感じで、「桜井玲香&若月佑美=れかつき」が、一推しとして定まったわけです。

 

去年は何度か個握にも全握にも行ったし、舞台も観た。

今年は鉄コン筋クリートが決まって、スゲーな!ってなってた矢先の出来事。

 

それまでね、若はもう大丈夫だと思ってたのよ

安心して送り出せるって。

まぁどの立場から言ってんだって話だけど…

(オタク心理なので許してください)

 

福田組の常連になって、主演舞台も何度もやって、なだぎ武さんとか安田顕さんとかシソンヌのお二人とか、乃木坂以外の現場で関わった人たちがみんな、若の事を好きになってて。

だからもう、大丈夫だ、って…

 

その大丈夫って気持ちを、自分の中の気持ちと混同してしまってたんだなって、昨日気付いたんだ。

 

若は大丈夫だよ。

でも、その若を送り出す自分は、俺は、大丈夫じゃなかった。

こんな簡単な事に気付かなかったなんてね…

 

卒業しても応援する事に変わりないし、生駒ちゃんだって、まいまいだって、らりんだって、万理華さんだって、奈々未さんだってひめたんだって、卒業してったメンバーはみんなみんな其々の頑張る所を頑張ってる。

 

若は人一倍真面目だから、これからも努力は怠らないだろうし、より一層頑張っていくんだろうなって、安心して見ていられるのは確かな事なんだけどね。

 

これからが楽しみでしょうがないのは勿論なんだけどさ。

若のこれまでの乃木坂46としての活動で、出来なかった事なんかを謝らせてしまうのは、とても悲しいんだ。

 

推しでいられる事、推しでいられた事を、これからもずっと、とても誇らしく思える人であるのに。

これからは後悔しないような芸能活動をして欲しいと願うしか出来ない、のかな…

 

 

でもやっぱりね、悲しいだけじゃないんだよ。

新しい希望がある。

鉄コン筋クリートもそうだし、若自身が「叶えたい夢」って語ってくれたそれが、実現する様を見たい。

その先の夢を、その先の先の夢を、どんどん叶えていくであろう若月佑美という人を、これからも見続けられる。

それはとても幸せな事だと思いませんか?

 

少なくとも俺はそう思う。

 

もう見られなくなった人が単推しだった俺が言うんだから間違いない(?)

 

うん、そうだよ。

明るい道しかないじゃないか。

だったらさ、やっぱりさ、晴れ晴れとした気持ちで卒業を迎えて欲しいよ。

その後の活動もとても楽しみなんだから。

 

後悔はいっぱいあるだろう。

それはオタクも一緒。

でも、後悔しない事なんて無いよ。

だからこそ、その後悔を次に跳ぶためのバネにしなきゃ。

それが成長ってやつだろう?

 

乃木坂46という坂の終着点を見つけて、その次の坂を登るために、もう若はクラウチングスタートを切る準備が出来たんだ。

 

なぁちゃんもそう。

 

今までの全卒業生もそう。

 

自分で自分の道を切り拓く事が出来る強い人達なんだよ。

 

悲しいけど、現実として乃木坂46では叶えられない何かがある。

それを叶える為に、違う道を歩んでいくんだよ。

 

泣きながらでもいい。

応援しなきゃ。

 

俺はそう思う。

 

 

 

2018年

明けましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願い致します。

 

 

さて、昨年の2017年は、俺の人生で一番、多くの人と知り合いになれた年でした。

学生生活の中でもあんなに多くの出会いは無かった。

(正確に言えば出会いはあったけど、俺がダメにしてしまっていた)

 

趣味で繋がるっていいですよね。

職場や学校に縛られない繋がり。

年齢性別出身地…その他諸々がてんでバラバラだとしても、あるひとつのものを好きならば、それだけで繋がる事が出来る。

これって、かなり貴重な経験だと思います。

皆さんからの贈り物に対して、いつも何も返せないこんな俺ですが、どうかこれからも末永くよろしくお願い致します。

 

 

昨年の事を振り返ります。

ツイッターでは散々言ってますが、俺は橋本奈々未さん推しでした。

奈々未さんが卒業・引退なされて、そのポッカリと空いた穴に引きずり込まれそうになっていた頃、初めての個握に参戦しました。

そこで現在の推しである桜井玲香さんと握手をしたのですが、おそらく、そこで推しとして自分の中で定める事が出来たのは、あの時出会ったオタクの方々のおかげだと思います。

ただ握手をしただけで終わっていたら、おそらく今この場にてこんなブログは書いておらず、ツイッターもただ無為に日々の鬱憤を晴らすだけの場となって腐っていったかもしれませんし、あの4月のパシフィコ個握以降に出会う人とはこの先もすれ違いもしなかったでしょう。

それくらい、縁がなかった人達と、今こうして繋がる事が出来ました。

人が人を繋ぐとはこの事なんだな、としみじみと思います。

 

様々なオタクや、絵師さんと出会えて、俺はとても嬉しいのです。

例え人の去就はいつでも繰り返されるとは言え、同じ場所で同じ空気を共有出来る相手と出会えたのは、奇跡です。

 

更に、俺がまさか、小説なんてものを書き始めるなんて。

しかもそれを面白いと言ってもらえて、楽しみにしてくれる人がいてくれるなんて。

俺は自分の事を何の取り柄もない凡百の中の一人だと思っていましたが、読書という俺の中で一番長くて大きな趣味が活かせるとは思いませんでした。

俺が書く世界観や文を面白いと、好きだと、言ってくれる事がこんなに嬉しいものだなんて。

 

あらためて、こんな俺と出逢ってくれて本当にありがとうございます。

 

 

 

今年もみんとワイワイしていけたらいいなと望んでいますが、それを叶えるには俺自身の状況を好転させねばなりません。

 

残された時間はそんなに長くないですが、それまでになんとか、この状況を打破したいと思っております。

 

 

その暁には、小説も再開します。

また読んでくれたら嬉しいです。

 

それでは。

そこに存在するということ

[卒業という事を主体に書いています。読みたくない人はページを閉じてください。]

 

 

ただそこにその人がいるだけで、それがどれだけ幸せなのか。

それをちゃんと理解しないといけない。

 

ドルオタには別れを待つ身という側面がある。

どれだけこの時間が続けばいいと願っても、それは儚く消えてしまうものだから。

 

 

「卒業」

 

 

この言葉が持つ希望と絶望を味わっていない人は、いつか来るそれをちゃんと見据えておかねばならない。

メンバーの終着点はアイドルになるという事だけではないから。

アイドルになりたくてなった人も、色々な仕事に触れる事によって、新たに志すものが生まれるだろう。

ある者は学業に専念し、ある者は女優や声優になりたいと願う。

新しいフィールドを望む者が、それまでの立場ではそれを望めないと理解した時、その場からの飛翔を渇望する。

それに必要なプロセスが、そのグループからの卒業なのである。

 

そんな事は理解している?

あぁ、ならばあなたはそうなのだろう。

しかし、俺はそうではなかったのだ。

松井玲奈さんに惹かれ、橋本奈々未さんに惹かれ、今もまた桜井玲香さんや若月佑美さんに惹かれている。

 

そして前者二名はグループを卒業している。

 

松井玲奈さんは女優を志した。

不器用で真っ直ぐでマイナス思考だった彼女が、SKEやAKBという立場で得た自信や夢や目標を叶えるために選んだ新しいフィールドが、女優というものだった。

今では、バラエティー番組の中のコーナーである鉄道ビッグ4の準レギュラー、西川貴教アニキとのレギュラー、ラジオのレギュラー、主演舞台や主演映画も既に数多く、その演技力はいつも高評価を獲得している。

 

橋本奈々未さんは裏方を志した。

乃木坂46に加入した当初から、自身は裏方向きだと公言しており、彼女に関わった監督の一人も同じように彼女の事を評している。

月9ドラマに出演し、秋元真夏生田絵梨花と共演してではあるが主演映画もある。

24時間女優、恋する文学、SOL、CanCamなどなど、彼女のその計り知れぬ才能や魅力に惹かれた人たちにより、新たなフィールドは拡がり続けていた。

そして彼女は、そのフィールドを全て捨ててでも、進みたい道を見出した。

更にその道は、彼女が最初から最後まで公言していた 裏方 というものだった。

様々な憶測が飛び交ってはいるが、まだそれがどのようなものかは判明しておらず、大きく耳目を集める事にはなっていない。

そして俺は、それを知る事を望んでいない。

 

幸せを願う、なんて、ある種烏滸がましい気持ちは確かにある。

だが、それはもう人知れず果たされるべきものであるし、あの人はわざわざそれを公表する様な人では無い気がする。

(勿論、本人の内面なんて到底知り得ぬ俺が言える事では無いが)

 

 

ここまで1000字以上書き連ねてきたこの記事を、一体何人の人が読むのかは知らない。

或いは誰も読まぬのかも知れない。

でもそれでいい。

この記事、ひいてはこのブログ自体、俺がその時一番言いたい事を言いたいだけ言う為に存在する場所なのだから。

 

 

そして、ここからもずっと言いたい事だけを言う。

 

 

今、とある特定の誰かを応援して、ファンでいる貴方は、いずれ来るその時を、頭の片隅に、心の奥底に、ずっと抱えていなければならない。

勿論、俺もだ。

そしてその時が来た時に、後悔の涙を流さない様に、今、その人がそこに存在するということを、全力で確かめながら、日々を過ごさねばならない。

 

俺は後悔の涙しか出なかった。

今でもそれが鈍い痛みとして残っている。

2016年10月から2017年2月まで。

その期間、俺は何もしなかった。

会いに行く事も、ブログにコメントをする事も、その他本人に伝わる可能性があるアクションの何もかもをやらなかった。

いや、やれなかった。

何をすればいいか分からなかった。

分からないという事を言い訳にして調べる事すらしなかった。

それなのに卒コンには行きたいなどと考えてしまい、申し込んだものの落選。

バースデーライブ三日目は運良く当選し、乃木坂46のライブというものを大いに楽しんだ。

 

だがそこに彼女の姿は無かった。

既に影も形も。

何も無かったんだよ。

 

卒コン後のSOL、事前収録ではあったが、[アイドル橋本奈々未]の最後の言葉が、涙交じりに語られていた。

それを聞いた人は多いかもしれない。

彼女はそこでこう語っている。

f:id:momoyama35:20170715153648j:image

f:id:momoyama35:20170715153720j:image

 

足りない。

この言葉が重い。

どれだけ握手会で言葉を紡ごうとも、想いを告げる為には時間が足りず。

どれだけライブで声を涸らそうとも、周りの幾百幾千といる人たちの歓声に呑み込まれてしまう。

 

橋本奈々未初センターの表題曲が、卒業の為の曲になってしまった事は、俺個人的にはとても残念であるし、まだまだずっと彼女がいる乃木坂46を見ていたかった。

でもそれはもう叶わない。

 

そして俺はここまで書いてきた後悔の念と涙を、事あるごとに噴出させながら日々を過ごしてきた。

だが、卒業から半年以上経って、今日、ここに、こうして記せる様になったのは、自分の中で、橋本奈々未という存在が、収まるべきところに収まったからなのではないかと思う。

その場所がどういう名前なのかは知らない。

 

想い出?宝箱?あるいはパンドラの箱

 

でも確かに、俺の中のそこに存在している。

それはもう、喜ばしい事なのだ。

消し去る事も出来ず、忘れ去る事も出来ず、もがいて、足掻いて、苦しみ抜いた末に、静かにあるべき場所に落ち着いた。

 

 

 

だからもう大丈夫。

後悔の念を宿した棘は未だに抜けずに刺さっているけど、それを触ってももう痛くない。

 

 相変わらず「サヨナラの意味」と「ないものねだり」を聴くのはツラいけど。

でも前ほどはあのピアノのイントロにやられなくなったよ。

 

 

選択できる手段

[日頃から関わらせて貰っている人たちに俺は何を返せるのだろう?]

そう考えた時に、何もない自分に気が付いた

絵も描けず、音楽も作れず、歌も歌えない

 

ならばどういう手段を取れる?

自分が持っているものは何だ?

 

「言葉」

これしかないと思った

 

何の才能もない木偶の坊でも、iPhoneのタッチパネルをなぞる事なら出来る

思った事を口に出す事なら出来る

ならば俺は、感謝の気持ちを惜しげもなく、愛する人たちに伝えよう

 

本当の自分をさらけ出すのは難しい

まず、本当の自分を見つける事が難しいからだ

そしてそれをさらけ出して、受け止めてくれる存在が圧倒的に少ないからだ

 

家族や恋人に言えない部分、友人にしか言えない部分、その誰にも言えずに抱え込んで重石になっていく部分

それら全てが自分であると気付けたら、世界が違って見えないか

無理する必要なんてなく、ただ自分と向き合うだけ

 

我儘が許される間柄の存在を、2人でいい、心の中に確保しよう

それだけでいい

困った時にその2人がいてくれる、そう思うだけで、日々の重圧を纏わずに済む空間が出来る

重圧を置いていく空間が出来る

 

その人たちの前では、

カッコ良くなくていい

泥臭くていい

恥ずかしくていい

 

自分の我儘を許してくれる人がいるなら、今度はその人の我儘を笑って聞こう

そこには自然な空気が流れるだろう

無理しなくてもいい空間があるだろう

話したい時に話し、会いたい時に会おう

 

そしてもし、そんな存在として俺が選ばれたとしたら、俺は言葉を尽くして感謝の気持ちを伝えよう

 

 

俺と出会ってくれてありがとう

俺と友達になってくれてありがとう

俺もあなたと出会えて良かった

 

 

人間の人生は短いんだ

その中でやりたい事、出来る事、会いたい人、見たいもの、行きたい場所…

自らが生きられる場所を見つけなきゃならない

それら全てが揃う場所はおそらく無いだろう

それなら、個々に見つけ出すしかない

生きるとはそういう事だと俺は思う

 

自らを殺さずに済む居場所を見つける

 

やりたくない事をやりながら、やりたい事を夢想して行こう

やりたい事が出来るなら、それを全力で楽しもう

 

自暴自棄とは違う

後悔をしないように、というのも違う

ただ、自分が楽しめるように何かをやろう

度がすぎたものでなければ、多少の迷惑はかけていいさ

自分と合わない人は自然と離れていく

それは悲しいけれど仕方ない事

でも、繋ぎ止めたいと思う人の手は離してはいけない

繋ぎ止める為にはお互いを理解して尊重していく事が必要

それがとても難しいんだけどね

 

 

 

 

醜い自分の話

自分が嫌い

小心者で自己中で我儘でガキな自分が嫌い

 

成長ってどうしたら出来るんだろう

人間的に大きくなりたい

でも何も変わらないままここまで来てしまった

自分がひどく惨めで浅ましくて小さい人間なんだと、周りの人を見ていて思う

 

何で自分が慕うあの人たちは、あんなにも優しくて気高いのだろう

何で慕っている自分は、こんなに醜いのだろう

 

分かってる

俺の事をいちいち考えてる人なんていないんだってことくらい

俺は凡人

誰かの特別にはなれない

 

特別に思う人たちはいっぱいいるけど、その人たちにはもっと多くの特別な人たちがいて、そしてそこに俺は入ってない

 

悲しい

悔しい

でもそれが全て

 

子供の頃からそうだった

何もかもが中途半端

怖くて一歩を踏み出せない

友達も少ないし、それを言い訳にして人見知りだからなんて理由で逃げる

 

こんな俺と本音で語れる人は、語り合える人は、どれだけいるのだろう?

 

消えてしまえればどんなに楽か

楽しい時間が出来れば出来るほど、それをよすがにしてしまう

その場の中心が俺になることは絶対に無いのに

それでも、自分が楽しむ為だけに他の人を巻き込んでしまう

迷惑かも、っていつも思う

でも同時に、迷惑なら言ってくれる、なんて甘えた考えが、頭の中にこだましている

 

本当に迷惑で、俺の事が嫌だって思った人は、何も言わずにいなくなる

 

7〜8年もの間、友達付き合いをしていた人も、ある日突然、音信不通になる

そういうもんだ

 

俺のことを特別に思う人はいない

これまでも、これからも

 

愛される人が羨ましい

 

愛することは出来ても

愛されることは出来ない

 

眠る時に音楽を流すようになったのはどれくらい前だろう

音楽が無いと、色々な後悔や責め苦が自分の頭の中を這いずり回って、眠るなんてことが出来ない

それもいつからなんだろう

楽しい事があった日は、その余韻に浸っていられる

次の日起きた時は、その楽しい事が、夢だったんじゃないかと、そう思う

 

 

俺がいなくても世界は等しく回っていて

俺がいなくても、俺が大切に思う人たちの日常は変わらない

いない方がいい、というよりは、いてもいなくても同じ

 

どうでもいい存在

そんな存在に、成り果ててしまった

あさひなぐ

2017/05/27

六本木EX THEATER

18時開演の部で、しゃちさんに連番していただいて観劇

 

乃木坂ちゃん出演の舞台は、嫌われ松子の一生と合わせて2度目の観劇

 

正直、元々涙もろいのもあって、何回か涙目になった

こういう青春モノに弱いんだよ

 

休憩前のあのシーンや、再開後のあのシーン、最後の試合のシーン、などなど、涙腺緩みっぱなし

 

最初は、あー飛鳥ちゃん可愛いなぁーって事しか思ってなかったけど、どんどん熱が入っていって、原作通りの熱い展開や適度なユーモア、挫折からの立ち直りなど、見所は随所に散りばめられていて、とにかく最高だった

 

 

飛鳥ちゃん(東島 旭)

あの華奢な身体のどこにこんなパワーが!?って思うくらい、旭としてのキャラクターを全身全霊で演じていて、舞台版では飛鳥ちゃん以外の旭はもうあり得ない

赤いワンピースのような衣装でのシーンはとにかく可憐で美しくて、かと思えば道着を着た試合のシーンは凛々しく、主人公然としていて、段々と頼もしくなっていくのが嬉しく感じた

 

 

若月(宮路 真春)

部内最強の真春を演じるのは若月佑美以外にいないだろう

舞台化&キャスト発表があってから原作を読みだしたクチだが、どれだけ読んでも若月以外の真春は思い付かなくて、だからこそ映画版での白石麻衣の起用には驚きつつも、納得はできた

若月は全力で役に取り組む姿、そして真春としての凜とした強さと、真春だからこその弱さを完璧に体現していた

 

 

生駒ちゃん(野上 えり)

2年生の部長であり、まとめ役

生駒ちゃんの溌剌とした元気さが存分に発揮されていて、舞台を所狭しと駆け回る姿がとても愛らしく、そして舞台経験値の高さを実感

キャラクター的には苦しい場面もあるが、そこも含めて、彼女を見ているのが楽しかった

 

 

小百合さん(八十村 将子)

もうツイッターでもかなり評判が上がっているが、やはり意外性を1番見せたのは彼女であろう

普段の可愛いらしい姿からでは想像が出来ないヤンキーのような口調、ぶっきらぼうな態度

だが、どんな事にもいつでも真摯な小百合さんは、やはり将子ちゃんにしか見えなかった

でもちょっと残念だったのは、将子ちゃんというキャラクターの内面が時間的に表現できなかった事

どうして剣道をやめたのかとかは原作を読んで補填した方がいい

 

 

まいちゅん(紺野 さくら)

たまに素のまいちゅんのノリが出てるのが分かって、それが楽しい

キャラクターとしては、頑固で自己中心的なセリフや態度、旭を下に見ているからこその偉そうな態度などはいっそ清々しい程に嫌味ったらしくて、ANNでも見せるまいちゅんの人間性の深さが顕著に出ていてさすがだなと思った

 

 

美彩センパイ(寒河江 純)

道着によって美しさ三割増しの和装美人

頑迷な寧々を優しく諭す大人なお姉さんを、無理なく自然体で演じていて、衛藤美彩本人の精神的な成熟度の高さが滲み出ていたように思う

 

 

きいちゃん(的林 つぐみ)

大きく張られた声がとてもよく響く

つぐみは寧々に蟠りを持っていて当たりがキツイのだけど、その辺の気の強さがとても良く表現されていて、北野日奈子の舞台向きな一面が大きく顔を覗かせていた 

良く通る声、ダイナミックな表現方法を併せた存在感の大きさが持ち味か

 

 

堀ちゃん(一堂 寧々)

頑固で頑迷で自己中心的で排他的な完全主義者だが、それを補って余りある絶対的エース

旭にとっての格上のライバルで、熊本から転校してきた強者

転校してきた経緯などを含めたバックボーンが色々あってからの、あの攻撃的な態度な訳なので、寧々に関しても原作で補填していただきたい

堀ちゃんはその攻撃的な部分を見事に演じていて、キツイ所も含め、旭と真春にとっての超えなければいけない壁として立ちはだかる

 

 

 

 

乃木坂ちゃん達はさすがの立ち回りだったし、なぎなたを携えてのダンスのような動き、舞台という狭い空間を目一杯使っての空間表現などは大きな見所だろう

個人的には舞台装置もなかなかよく、キャストや黒子の手を使わずに色々な物が出たり引っ込んだりしていくのは見ていて楽しめた部分でもある

 

キャストがとても素晴らしい

正直、乃木坂メンバー以外では真琴つばささんくらいしか知らなかったのだが、皆さんそれぞれが舞台慣れしているようで、この舞台の全体のバランスをキッチリと保ってくれていた

 

原作はまだ続いているし、舞台的にもまだ先がある

じょしらくが2度演ったように、出来ればこのままのキャストでの次回作があったらとても嬉しい