記録の地平線

徒然なるままに

人は見た目が100%ではない

そんなタイトルのドラマが放送中の昨今

ドラマ自体は見てないが、予告を見る限りでは見た目が完璧な男性に、見た目が完璧ではない女性が恋をして、自分を変えつつ恋を成就させよう、みたいな感じだったと思う

 

でもさ、今あなたが好きな人の事を思い出してみて、好きなところは見た目だけ?

おそらく多くの人が見た目だけでは無いと答えると思うんだ

 

その人の事を好きになって、その人の事を考えていると、外面だけじゃなくて内面の事を知りたくなってくる

そうした時、外面だけじゃ分からない部分を好きになってはいないか?

 

声、話し方、考え方、行動などで更に好きになっていくのではないか?

少なくとも俺はそうだ

 

ここで好感度モンスターとして、我らがお兄ちゃんのバナナマン日村さんを例に出してみよう

ご本人も言う通り、見た目は決してかっこよくはない

世間一般で言うところのイケメンだとは言えないだろう

だけどテレビ番組出演数ランキングが表すとおり、日村さんの人気はとても高い

それは何故か?

ご本人のキャラクター性、話し方、話すエピソードなど、それらが世間一般に認知されていき、その結果として大人気芸能人の1人としての地位を確立している

 

つまりだ、人を好きになるきっかけが見た目だったとしても、そこからは深い境地には達することは出来ないのだと考える

 

 

俺は今現在、乃木坂46が好きだが、見た目が理由で好きになったメンバーがいたとしても、番組やブログなどでその人となりを知って更に好きになっていったという事の方が多い

 

バナナマン設楽さんがかつてこう言っていた

アイドルっていう存在は、カワイイのがベストだよ?

でもそうじゃない人たちがいっぱい出て来て、その誰にでもファンは付く。

その深さっていうのは、いっぱいファンがいる誰かよりも、数人しかいないその人のファンの方が幸せなのかもしれない。

 

ファンが多いのは人気の高さを表す為の指標だけど、それはやはり一部でしかない

握手会人気が一位だからといって、その人が乃木坂のトップか?と問われれば、それは違うと言えるだろう

そのメンバーが出来ることだけでは、グループは成立しない

成立するのなら、その人はグループを出て一人でやっていくべきだろう

でも、そうじゃない

色んなメンバーがいて、違う方面へのアプローチが出来るからこそ、グループとしてもメンバーひとりひとりとしても、成長のチャンスが得られる

 

メンバーの個性を無くしていったら、グループとしての人気も長くは続かなかったのではないだろうか

 

 

人と人は根本的に、完全に分かり合う事は出来ない

それは当然のことだ

育ってきた環境が違うから、好き嫌いは否めない(セロリ)

 

好きになる理由より嫌いになる理由の方が探すのは簡単だし、人は誰しも欠点を持っている

 

嫌いになる理由が好きになる理由を上回った時、人は人を嫌いになるのかもしれない

そして逆に、好きになる理由が嫌いになる理由を上回った時、人は人を好きになるのだろう

 

 

ドラマ「人は見た目が100パーセント」が放映されている時期に、映画「美女と野獣」が公開されているのはちょっと皮肉が利いているとは思わないかね

 

美女と野獣の教訓は「人を見かけで判断するな」というものなのだから